ねぷた組師にとっての墨入れという作業

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組ねぷた=人形ねぷたを作る人間にとって、「墨入れ=書き割り」という作業は特別なものである。

それは、墨入れの作業が人形ねぷたの優劣を決めると言われているからだけではないと思うのだ。

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まだ、私がデビューしたての頃、

墨入れの重要性さえも理解しておらず、

師匠に激しく怒られたことを憶えている。

墨入れの作業に気持ちがこもっていない私を制して、

「お前が今、墨を入れている、その紙は誰が貼ったものだ?」

ハッとして筆を落としそうになった。

 

今でも墨入れの時に必ず思い出す大切な言葉だ。

その後、墨入れの大切さに気づくことができた私は、また違う試練に直面する。

 

自分が組んだねぷた。骨組の時点では感じないのだが、

内部に照明が入り、みんなの手によって紙が真っ白に貼られた組ねぷた。

この真っ白なねぷたが怖くなった。

紙貼りという作業によって、みんなの想いがパンパンに込められた白い組ねぷた。

そのみんなの想いに応えなくてはと気負う自分。

筆を入れることができず、尻込みしてしまう自分。

でも、筆を入れるのは自分しかいない。

白い巨大な怪物の前に連れてこられ、脆弱に怯える自分。

恐る恐る筆を入れては、イライラが募り、しまいには周囲の人間にキレるなんてこともしばしば。

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しかし、年を経るにつれて、自分に変化が起きた。

真っ白な組ねぷたに込められたみんなの想いを感じられるようになった。

不思議なもので、筆を入れていると、その紙を誰が貼ってくれたのか想像がつくようになった。

もはや、そこに存在するのは白い怪物ではなかった。

むしろ、人形ねぷた自体が、ともにねぷたまつりを楽しむ仲間の一人に思えてきた。

そう思い始めたら、作業中、人形ねぷたにぶつかると、

「あっゴメン」と組ねぷたに謝っている自分がいた。

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もう怖くはなかった。

ねぷたの仲間たちとの信頼の中で、みんなで作り上げる、ともにまつりを楽しむ仲間。

我々にとって、それが組ねぷたなのだ。

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中川俊一 執筆コラム

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