ねぷた小屋という居場所=サードプレイス:第三の場所―安全の根底にあるもの

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サードプレイスという言葉があります。

アメリカの社会学者の方が、1989年に初めて提唱したものです。(Ray Oldenburg 1989)

直訳すれば、「第三の場所」

人間にとって、第一の場所は「家庭」、第二の場所は「職場」

そのどちらでもない居場所が、第三の場所。

人間には、そういう場所が必要だしとても大事だという事です。

教育学では、「サンバ」という言葉があるそうです。

教育の場は、家庭、学校、地域社会の3つの場である。

その三者が、連携協力しながら子どもの居場所をつくり、教育を施す必要があるという事です。

つまり、何が言いたいかというと、大人だって子どもだって、

家でも、学校職場でもない、居心地の良い場所が必要だということです。

具体的に言えば、

安価で、食事ができ、近くて、人が集まりやすく、居心地が良く、古い友人との再会や新しい友人との出会いがある場所とのことです。

 

昨今、サードプレイスという言葉は、カフェや居酒屋のビジネスコンセプトとして、よく聞かれるそうです。

そこで、ふと思うのです。

ねぷた小屋ってまさしくそういう場所なんだなと。

具体的な条件をほぼ満たしています。

うちの団体の会員は、ねぷた小屋で、ねぷたの人間関係で、

人生の中に「ねぷた」という活力を補給しているんだと思うんです。

つまり、「No neputa,No life.」ねぷた無しの人生なんて、、、という事です。

 

しかしながら、さっき挙げた第三の場の具体的条件の中で、

最も難しいのが、「居心地が良い」という点です。

うちの団体、他の条件は全てクリアしています。

安価でー会費はそんなに高くありません。

食事―晩御飯を居酒屋経営のアニキが作ってくれます。皆で食べます。

近いー弘前駅前5差路から徒歩40秒という立地の良さ。

人が集まるー人形ねぷたの制作には、多くの手が必要です。皆でワイワイ作ります。

再会や出会いーたくさんあります。

やっぱり問題は「居心地が良い」なんです。

これは、小屋のハード面(つまり屋根が雨漏りするとか)ではなく、

むしろ、ソフト面(つまり人間関係)での居心地の良さです。

これをキープするには、その場にいる全ての人間がちょっとずつ努力をしなければいけません。

人に迷惑をかけないという努力です。

これまで、うちの団体は「参加自由」と公言してきました。

でも、この看板の謳い文句は、現代では時代遅れなのかもしれません。

「参加自由 努力必要 厄介無用」というべきかもしれません。

参加は自由なれど、楽しくねぷたをするには努力が必要、やっかいものはお断りってことです。

 

今年は、安全指針によって、新しいルールが交付され、「新しい弘前ねぷたまつり」となります。

その「まつり」に参加するにあたり、

うちの団体では、これまで文章にしてこなかった(つまりモラルでなんとかしてた)ことを、

一つずつ、文章にして「ルール」として参加者に示す準備を進めています。

(ルール作りをみんなで話し合いながら行い、モラルも高くキープしようと考えています。)

遅くても4月中にはまとめて、ホームページなどで公開する予定です。

こないだの会議でこんな話が出ました。

合同運行のコース上で、参加者の誰か一人でも、

まちがって、もしくは、ルールを知らずに、または、悪意をもって

ビールの缶を開けて「ぐびっ」とやったら、

それを、スマホで撮影されて、はんてんの団体名ごとネット上に公開されたら、、、、、

おぞましい想像です。

もちろん、ルールを知らない新参者がやっても言い訳は通用しません。

 

サードプレイス=第三の場所を「ねぷた小屋」に求めるならば、

その居心地の良さを「守る」のも「つくる」のも、

その居場所にいる人間自身であるということを忘れてはいけないと、うちの団体では考えています。

これから、具体的な安全対策や、参加者へのルールを整理していくところですが、

みんなが居心地の良さを感じる居場所にしていくという努力が、信頼関係を生み、

それが、ねぷたの根底を支える安全対策であると考えています。

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中川俊一 執筆コラム

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