「ねふた―その豊かさとは何か」第2回

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第2回 祭りとしての「ねふた」 まず一つ目の側面として、「ねふた」という祭りを考える。 「ねふた」の起源として語られるエピソードはいくつかある。 しかし、しっかりとした証拠があり定説となっているのは、「眠り流し」という年中行事から派生したという説だ。 この眠り流しという年中行事は、日本各地で行われていた記録が残っている。 どのような行事かというと、旧暦七月七日に海や川などで水浴びをして心身の穢れを払い、 身を清め一年の無病息災を祈願するというものである。 津軽地方では、同日に家族総出で川などに出かけ、七回飯を食い、七回水浴びをしていたという。 また、津軽地方では、たいまつなどを燃やして流す「火流し」が行われていたという記録も残っている。 このたいまつのようなものが、角灯籠に進化し、その後競って豪華な人形ねふたが作られるようになったのである。 ちなみに記録資料の年代を整理すれば、たいまつなどを用いていたのが四〇〇年ほど前、角灯籠が三〇〇年ほど前、人形ねふたの考案が二〇〇年ほど前である。 その後明治時代に入ってから、扇ねふたという様式が考案されたと考えられている。 ねふたは、江戸時代には「七夕」と記された絵図が残されている。 眠り流しの習慣が、時代時代で様々な文化と習合し今の様式があるのだ。 「ねふた」の起源と歴史については、柳田国男氏や藤田本太郎氏をはじめとする先達の方々の研究成果が多く残されているので、詳細はそちらをご覧いただきたい。 本題に入ろう。 祭りとしての「ねふた」の意義目的、つまり私たちが享受している「豊かさ」とは何であろうか考えてみる。 祭りは、古来より、日常とかけはなれた非日常の時間と空間を演出する事例が多い。 この非日常の時間において人々は日常において蓄積した穢れを祓うために、酒を飲みかわし大騒ぎをする。 少し硬い言葉を使えば、「発散性」を祭りは伴うのである。 古代の人々が感じた穢れを、現代風にわかりやすく解釈すれば、ストレスと考えられないだろうか。 そう考えれば、祭りは体にたまったストレスを解き放つ場でもあろう。 現代の津軽地方のねふたで考えてみれば、普段は自動車が行きかう道路をせき止めて、 そこを自慢の灯籠を引き連れてお囃子と掛け声で賑やかに練り歩くという行為は、明らかに日常とはかけ離れた非日常である。 ねふたに参加する人々やそれを観覧する人々はこの非日常の時間と空間を享受しているといえる。 これがねふたの一つ目の「豊かさ」であろう。

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中川俊一 執筆コラム

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